また、推しにお金を使ってしまった。
グッズを買った帰り道、ふと冷静になる瞬間がある。
「これ、本当に必要だったかな」
「もっと別のことに使うべきだったかも」
ライブに行くたび、遠征するたび、心のどこかでブレーキがかかる。
楽しかったはずなのに、帰ってきたらなぜか自分を責めている。
そんなあなたに、今日は少しだけ話をさせてほしい。
罪悪感の正体は「誰かの正解」を生きようとしているから

推し活に罪悪感を覚えるとき、頭の中には「こうあるべき」という声が響いている。
貯金しなきゃ。
将来のために使わなきゃ。
もっと「意味のある」ことに時間を使わなきゃ。
でもね、その「べき」は誰が決めたものだろう。
親? 社会? SNSで見た誰かの価値観?
あなた自身が心から選んだ基準じゃないものに、縛られていないだろうか。
罪悪感の正体は、自分の本音と「誰かの正解」がぶつかっているサインなんだよ。
エネルギーの流れで言えば、これは「自分軸」と「他人軸」のせめぎ合い。
あなたの心が求めているものと、外から取り込んだ価値観が摩擦を起こしている状態。
だから苦しいのは当然で、あなたが弱いわけじゃない。
「好き」を選び続けた人の話

以前、こんな話を聞いたことがある。
30代前半の女性。毎月のライブ遠征に、周囲から「いい歳して」と言われ続けていた。自分でも「このままでいいのかな」と迷いながら、それでも推しに会いに行くことをやめられなかった。
ある日、彼女はふと気づいたそうだ。
「推しに会いに行った帰りの新幹線で、私は泣きながら笑っていた。こんなに心が動く瞬間、他にない」と。
彼女はそれから、罪悪感を感じる自分ごと抱きしめることにした。
「罪悪感があっても行く。それが私の選択」と決めたら、不思議と心が軽くなったという。
正解か間違いかじゃない。
「私はこれを選ぶ」と決めたとき、それがあなたの正解になる。
「好き」を選ぶのに、誰かの許可はいらない。

推しを好きでいることに、許可なんていらないんだよね…って、書きながらわたしも泣きそうになった。
もし少しだけ楽になりたければ

無理に変わる必要はない。
でも、もし「この罪悪感を少しだけ手放したい」と思うなら、こんな方法もある。
- 1. 推し活用の予算をあらかじめ決めておく
「月に○円まで」と自分で決めた範囲なら、使った後に責める必要がなくなる。枠の中で楽しんでいるだけだから。 - 2. 「これは自分への投資」と言い換えてみる
心が潤う時間は、仕事や人間関係を乗り越えるエネルギーになる。浪費じゃなく、自分を整えるための支出だと捉え直してみる。
やってみてもいいし、やらなくてもいい。
大事なのは、あなたが自分で選んでいる感覚を持つことだから。
推しを好きな自分を、どうか嫌いにならないで

推し活に使う時間もお金も、あなたが自分で稼いだもの。
誰かに迷惑をかけているわけじゃない。
それなのに自分を責めてしまうのは、きっとあなたが誠実な人だから。
ちゃんと生きようとしているから、「これでいいのかな」と立ち止まる。
でもね、その「好き」という気持ちは、あなたの心が生きている証拠なんだよ。
何かを好きでいられることは、それだけで才能。
その才能を持っている自分を、どうか否定しないでほしい。
今日も推しのことを考えて、少しだけ心が温かくなったなら。
それで十分。あなたはもう、十分がんばっている。
好きなものを好きでいる自分を、今日だけは許してあげて。
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