降り立った駅のホームに、焼きとうもろこしの匂いが流れてきた。遠くで太鼓が鳴っている。足裏に伝わる振動。町全体が、脈打っている。
駅前から、もう祭りだった

改札を出た瞬間、人の波に呑まれそうになる。背が低いと人混みは本当にきつい。視界は腰と腰の間。でも、地面すれすれを歩けば、足元の提灯の灯りが石畳を橙色に染めているのがよく見える。
この町の祭りは、毎年夏の終わりに3日間開かれる。特急で2時間半、片道4,200円。日帰りでも行けるが、夜こそ本番だと聞いて、駅前の旅館を予約してきた。素泊まり6,500円。
駅前の案内所でマップをもらおうとしたら、「今日は誰でも踊れますよ」と言われた。そんな予定はない。ボクは見る側だ。
屋台通りを、匂いのままに歩く

メインストリートは人が多すぎる。一本裏に逸れると、地元の人が軒先で缶ビールを開けていた。屋台の裏側から、じゅうじゅうと肉の焼ける音。煙が路地に溜まって、視界が白くぼやける。
牛串500円。噛むと脂がじわっと出る。焼き手のおじさんが「一人?」と聞くから、うなずいた。「祭りは一人がいいんだよ」と笑われた。そうかもしれない。
射的の屋台の横を抜けて、坂道を登る。石段は苔で滑りやすい。途中に神社があって、境内から祭りの全景が見下ろせた。提灯の列が、川のように町を流れている。しばらく、そこに座っていた。
輪に巻き込まれた夜

日が落ちると、太鼓の音が一段と大きくなる。広場に輪ができて、揃いの法被を着た人々が踊り始めた。ボクは輪の外で見ていたつもりだった。
隣にいたおばあちゃんに、腕をぐいと引っ張られた。「簡単だから」と耳元で言われて、気づいたら輪の中にいた。振り付けは単純。右、右、左、手を叩く。三周もすれば体が覚えた。
汗が首筋を流れる。隣で踊っていた男の子がにこっと笑った。知らない町で、知らない人と踊っている。不思議と恥ずかしさは消えていた。
一時間ほど踊って、輪を抜けた。屋台で冷やしキュウリを買った。150円。塩が汗で流れた体に沁みる。
一人祭りの歩き方

地方の祭りは、案外一人でも浮かない。地元の人は自分たちの祭りに夢中で、よそ者を気にしていない。むしろ一人のほうが、声をかけられる。
ベストシーズンは夏祭りなら8月中旬から下旬。秋祭りは10月。どちらも夜が本番なので、宿泊推奨。
予算の目安は、節約なら日帰りで交通費込み8,000円。一泊するなら15,000円から20,000円。屋台で食べ歩くと、つい財布の紐が緩む。ボクはこの夜だけで3,200円使った。
アクセスは地方都市の駅からバスか徒歩。祭りの夜は臨時バスが出ることも多い。帰りの時刻表だけは確認しておくこと。
朝の静けさ

翌朝、駅に向かう道。昨夜の喧騒が嘘のように静まり返っていた。石畳に、誰かが落とした金魚すくいのポイが一つ。
振り返らなかった。また、どこかで祭囃子が聞こえたら行くにゃ。
この記事は面白かったですか?



コメント