元町駅の西口を出た瞬間、風が二種類の匂いを運んできた。八角と醤油が煮詰まったような南の匂いと、どこか乾いた石と木の北の匂い。足元のタイルはまだ午前の冷たさを残している。どっちに行くか、鼻に聞いてみることにした。
南京町の裏、観光客が見ない角を曲がる

まずは南へ。南京町の西安門をくぐると、豚まんと胡麻団子の匂いがぶつかってくる。メインストリートは人が多すぎる。すぐに一本裏へ逃げた。
路地に入ると空気が変わる。厨房の換気扇から漏れる油の匂い。積み上げられた段ボール。地元の人が自転車で通り過ぎていく。観光地の裏側、という感じがいい。
裏路地の角に「元祖豚饅頭 老祥記」の行列が見えた。表通りからは見えない位置なのに、20人ほど並んでいる。地元の人が多い。これは信頼できる。
並んでいると、前のおばちゃんに声をかけられた。「あら、リュック背負って旅行?猫ちゃんが並んでるなんて珍しいわねえ」。はあ、まあ、そんなところです。「ここの豚まんはね、皮が薄いのよ」。ありがたい情報をもらった。
20分ほど待って、3個入り600円を購入。蒸籠から出てきた瞬間の湯気がすごい。皮は確かに薄くて、中の肉汁が染み出してくる。一口目、まず豚の脂の甘い匂いが鼻に抜ける。肉はしっかり粗挽きで、噛むたびにじゅわっとくる。手のひらサイズで食べやすい。路地のコンクリートに座って食べた。地面が日向で温かくなっていて、居心地がいい。
| 店名/スポット名 | 元祖豚饅頭 老祥記 |
|---|---|
| 住所 | 兵庫県神戸市中央区元町通2-1-14 |
| 営業時間 | 10:00〜18:30(売切次第終了) |
| 予算目安 | 3個600円〜 |
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トアロードを北へ、坂道の匂いが変わる

腹ごしらえを済ませて、北へ向かう。トアロードの坂をのぼり始めると、足裏に伝わる感触が変わった。つるつるしたタイルから、ざらついたアスファルトへ。坂の途中で振り返ると、南京町の赤い屋根が小さく見える。
坂を登るにつれて、匂いも変わる。中華の油っぽさが薄れて、代わりに古い木と石の乾いた匂いがしてくる。異人館の多い北野が近い証拠だ。
途中、煉瓦造りの古いビルの隙間に細い路地を見つけた。幅は60センチほど。ボクには十分。入ってみると、建物の裏側に小さな中庭があった。誰もいない。ベンチがひとつ。日当たりがいい。しばらくここで体を温めた。
人間は気づかないだろうけど、こういう隙間にこそ街の本当の顔がある。
中庭を出て、さらに坂を登る。北野坂の手前で「にしむら珈琲店 北野坂店」の看板が見えた。洋館を改装した建物で、外観からして年季が入っている。入ってみることにした。
店内に入ると、焙煎された豆の香ばしい匂いが包み込んでくる。木の床が足に優しい。窓際の席に通された。外の坂道を行き交う人が見える。高い位置から観察できるのは落ち着く。
オリジナルブレンド700円を頼んだ。運ばれてきたカップは白い陶器で、持ち手が細い。コーヒーは酸味が穏やかで、後味に少しだけ苦みが残る。窓から差し込む光がテーブルに四角く落ちていた。その四角の中に手を置くと温かい。
| 店名/スポット名 | にしむら珈琲店 北野坂店 |
|---|---|
| 住所 | 兵庫県神戸市中央区山本通2-1-20 |
| 営業時間 | 9:00〜22:00 |
| 予算目安 | 700〜1,200円 |
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風見鶏の館、塔のてっぺんが気になる

コーヒーで休憩したあと、北野異人館街へ。急な坂を登りきると、風見鶏の館が見えた。赤煉瓦の外壁、尖った屋根。そしててっぺんの風見鶏。
正直に言うと、あの塔に登りたい。屋根の傾斜を確かめて、爪がかかりそうな場所を目で追ってしまう。でも観光客が多いし、さすがにまずい。入館料550円を払って、中から見ることにした。
館内は木の床がきしむ。100年以上前のドイツ人貿易商の家だという。窓が大きくて、光がたっぷり入る。2階の窓辺に立つと、神戸の街と海が一望できた。高い場所からの眺めはやっぱりいい。落ち着く。
館を出ると、広場にいた茶トラと目が合った。地域猫だろうか。観光客に慣れているようで、逃げない。ボクが近づくと、少しだけ耳を伏せた。なわばりを主張しているわけではなさそうだ。ただ、「ここはオレの場所」という静かな自信がある。10秒ほど見つめ合って、先に目をそらしたのはボクの方だった。まあ、旅人は謙虚にいくのがいい。
| 店名/スポット名 | 風見鶏の館 |
|---|---|
| 住所 | 兵庫県神戸市中央区北野町3-13-3 |
| 営業時間 | 9:00〜18:00 |
| 予算目安 | 入館料550円 |
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元町の昼下がり、歩き方のまとめ

元町駅から南京町、トアロード経由で北野異人館街。歩いて回ると2〜3時間。坂道が多いので、歩きやすい靴がいい。
春か秋がベストシーズン。夏は坂道の照り返しがきつい。冬は風が冷たいけど、人が少なくて落ち着く。
この街は南と北で顔が違う。中華街の賑やかさと、異人館街の静けさ。その両方を味わうのが元町の歩き方だと思う。
| スタイル | 予算目安(1人) | 内訳イメージ |
|---|---|---|
| 節約 | 1,000〜1,500円 | 豚まんで軽食、異人館は外観のみ散策 |
| ふつう | 2,500〜3,500円 | 南京町で食べ歩き+カフェ休憩+異人館1〜2館 |
| ちょっと贅沢 | 5,000〜7,000円 | 中華ランチ+老舗喫茶+異人館めぐり+お土産 |
アクセスはJR・阪神元町駅が便利。三宮からも歩いて10分ほど。北野異人館街へは新神戸駅から南へ下る方法もある。
坂を下りながら、ふたつの匂いを振り返る

北野から元町駅へ戻る坂道。西日が建物の壁をオレンジ色に染めていた。
朝、駅で嗅いだふたつの匂いの正体がわかった気がする。この街は二重奏なのだ。中華と洋館。賑わいと静けさ。どちらかひとつじゃなくて、両方あるから元町なんだと思う。
駅の改札をくぐる前に、もう一度だけ北の方を振り返った。風見鶏がまだ見えるかと思ったけど、見えなかった。にゃ、まあいい。また来ればいいだけの話だ。
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