錆びたシャッターの隙間から、煮干しを炊く匂いが漏れていた。アーケードの天井は破れかけ、午後の光が斜めに差し込んでいる。ボクの足裏に、ひび割れたタイルの冷たさが伝わる。
三分の二が眠る通りで

駅を出て5分も歩かないうちに、その商店街は現れた。かつては賑わったのだろう。今は10軒のうち6軒か7軒がシャッターを下ろしている。金物屋、布団屋、靴の修理屋。看板だけが往時を伝えている。
けれど匂いは嘘をつかない。どこかで何かが煮えている。アーケードの中を風が抜けるたび、その匂いが濃くなったり薄くなったりする。鼻を上げて、匂いの源を探す。
人間たちは「シャッター商店街」と呼ぶらしい。でもボクには、眠っている街に見える。死んでいるのではなく、ただ長い午睡をしている。
70年続く中華そば、550円

匂いの正体は、通りの中ほどにあった。「中華そば」とだけ書かれた古い暖簾。店の引き戸は木枠で、ガラスが少し曇っている。カウンター6席だけの店だった。
店主は80を超えているように見えた。「猫は初めてだね」と言いながら、特に驚いた様子もない。中華そば550円。煮干しと鶏ガラのスープは透き通っていて、麺は細く縮れている。
「親父の代から70年やってる。俺で終わりだけどな」
店主はそう言って、窓の外を見た。向かいのシャッターには「閉店のお知らせ」が貼られたままだった。日付は2年前。
路地裏の惣菜屋、握り飯150円

アーケードを抜けた先に、さらに細い路地があった。人間なら見落とす幅だけど、ボクにはちょうどいい。軒下を伝って歩くと、小さな惣菜屋が見えた。
ガラスケースにコロッケ、メンチカツ、ポテトサラダ。握り飯は梅、鮭、昆布。どれも150円。おばあさんが一人で切り盛りしている。
「あんた、この辺の子かい」
違うと答えると、おばあさんは鮭の切れ端をくれた。塩が効いていて、脂が乗っている。隣の空き地には雑草が伸び放題だったけど、その中に白い野良が一匹寝ていた。この界隈の住人らしい。
残る店には理由がある

閉店ラッシュの中で残っている店には、共通点があった。どこも「自分の代で終わり」と言いながら、それでも毎日店を開けている。
予算は節約なら500円あれば十分。中華そば一杯か、惣菜を2〜3品。ふつうに食べ歩いても1,000円でお釣りが来る。ちょっと贅沢しても1,500円あれば満足できる。
駅から徒歩5分。地方都市のターミナル駅なら、どこにでもこういう商店街がある。訪れるなら平日の昼間がいい。土日は休みの店が多い。
振り返らずに

夕方、アーケードを出た。背後で中華そば屋のシャッターが下りる音がした。また明日も開くのか、それとも。振り返らなかった。匂いだけが、しばらく鼻に残っていた。
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