午後10時。湊川公園に降り立った瞬間、湿った土と枯葉の匂いが鼻をくすぐる。昼間の喧騒はどこへやら、人間はまばらで、街灯の黄色い光だけが芝生を照らしていた。
街灯の下に集う者たち

新開地駅から地上に出て徒歩2分。足裏に伝わるタイル舗装の冷たさ。夜の公園は昼より静かで、耳が勝手にピクピク動く。遠くで電車の音。近くで虫の声。そして、ベンチの下から視線を感じた。
キジトラだ。こっちをじっと見ている。
ボクがしゃがむと、彼は警戒を解かないまま一歩後ずさった。目を細めてみせる。敵意はないよ、という猫の挨拶。数秒の沈黙。彼が先に目をそらした。「まあ、いいけど」という顔。
この公園には「地域猫」として世話されている猫が何匹かいるらしい。彼もその一匹なのだろう。毛並みは悪くない。耳はカットされている。
闘牛像の見張り番

公園の中央にある闘牛のブロンズ像。台座がちょうどいい高さで、ボクは飛び乗った。石の冷たさが腹に心地いい。ここから公園全体が見渡せる。高い場所は落ち着く。本能だ。
像の裏側に回ると、三毛が丸くなっていた。先客だ。彼女はこちらを一瞥しただけで、また目を閉じた。「邪魔しないでね」。了解した。
缶コーヒー片手に通りかかった男性が、像を見上げてボクと目が合った。「お、猫や。増えたな最近」。独り言なのか話しかけているのか。ボクは黙って尻尾を揺らしただけ。彼はそのまま去っていった。
人間は夜の公園で猫を見つけると、なぜか嬉しそうな顔をする。不思議な生き物だ。
植え込みの奥の集会

午後11時を回った頃、植え込みの茂みから複数の気配。匂いで3匹はいるとわかった。
茂みに近づくと、黒猫が顔を出した。続いて白黒、もう一匹のキジトラ。さっきベンチの下にいた彼とは別個体。耳の形が違う。
彼らはボクを見ても逃げない。かといって近づいてもこない。3メートルほどの距離を保ったまま、互いに存在を認め合う。猫の夜会とはこういうものだ。大騒ぎはしない。ただそこにいる。
黒猫が欠伸をした。つられてボクも欠伸。白黒がそっぽを向いた。会議終了、という空気。
茂みの土は柔らかくて湿っている。肉球に気持ちいい。コンクリートばかりの街で、こういう場所は貴重だ。
夜更かしの作法

湊川公園で猫に会いたいなら、午後9時以降がいい。昼間は人が多くて、猫たちは隠れている。夜になると表に出てくる。
新開地駅からすぐ。アクセスは楽。予算はゼロ円。ただし夜の公園なので、人間は懐中電灯があると便利かもしれない。猫には不要だけど。
終電は気にした方がいい。神戸高速線の最終は23時台。夜更かしするなら覚悟を決めて。
帰り際、さっきの三毛が闘牛像から降りてきて、ボクの横を通り過ぎた。「また来るの?」と聞かれた気がした。さあ、どうだろう。
夜明け前に

空が白み始める前に、ボクは公園を後にした。振り返ると、ベンチの下に影が一つ。最初に会ったキジトラだ。
目が合った。今度は彼が先に瞬きした。また来いよ、という意味だと勝手に思うことにした。
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